がんになることは不幸なことなの

がんにまつわる素朴な疑問

分かっているようで、なにか曖昧ながんに関する素朴な疑問を集めたコラムがあります。
生涯で2人に1人がかかると言われる「がん」。でも、知っているようで、知らない事、良くわからない事もたくさんあります。医療現場に精通したジャーナリストと専門家によるコラムです。

『がんにまつわる素朴な疑問』

がんになることは不幸なことなの

一概には言えない様に思えます。

たしかに、がん は命に関わる恐ろしい病気です。芸能人などの壮絶な闘病を目にして、「がん にだけはなりたくない」と思う人も多いのではないでしょうか。

特に、若くして がん罹患りかん し、苦しい闘病生活を綴った記事や番組を目にした時や、訃報を耳にすると、やりきれない気持ちになります。未練を残してこの世を去るのは、ご本人もさぞ悔しい気持ちだったでしょう。残されたご遺族の喪失感もしつかんも想像しがたい様な苦しみがある様に思います。

ただ、がん罹患 する方の大半は高齢になってからで、国立がん研究センターが公表している「がん登録・統計」によると、がんの死亡率は40代から上昇し始め、年齢が高くなるほど右肩上がりに増えていきます。
20歳の人が20年後までにがんで死亡する確率は、男性が0.1%、女性が0.2%に過ぎません。それが40歳だと男女とも2%、60歳だと男性が14%、女性が7%にもなります。

持病のような物

がん罹患りかん すると、定期的に病院へ行くことになります。場合によっては、週になんども病院へ行くと言う人もいる事でしょう。一方で、健康な人はどうでしょう?場合によっては、数年病院に行っていないと言う人も居られるかも知れません。
ここで、安直に『健康な人』と言う言い方をしましたが、正確には『一見して健康そうに見える人』の方が正しいのかも知れません。

頻繁に病院を受診している人と、めったに受診しない人とを比較すると、どちらの方が健康体を維持することができるでしょうか?定期的に病院にかかっている人の方が、小さな不具合であっても、医師に診て貰える分健康体を維持することができていると言う判断ができるのかも知れません。

そういう意味では、高血圧や、糖尿病 などの生活習慣病を抱えている人に近い状態にあるのかも知れません。

生活とがん

人生プランはご家庭によって違いがあるとは思いますが、仮に30代で子供が生まれたとすると、その子が成人を迎える頃は50代になっていると言う事になります。
がん の多くは、傷ついた細胞のコピーミスによって発症します。細胞が傷つくまでにも相当な時間が必要になるので、多くの場合 がん を発症するのは高齢になってからです。

実際の家庭生活を考えた時、子供が成人を迎えるまでは、なにがなんでも生きていたい。と思う方は多いことでしょう。仮に、50代で がん罹患りかん したとすると、闘病時期には既に子供は成人を超えています。
いくつになったから、もう がん になっても良い。などと、単純な物ではありませんが、国民の2人に1人は がん に 罹患りかん し、3人に1人は がん が原因で死亡すると言う統計結果もあるので、ある程度高齢になってからの がん罹患りかん したとしても不思議なことではありません。

ご家庭により、また、患者さんごとに人生設計の持ち方は様々ですし、怖い病気は、がん 以外にも存在します。幸い、がん は直ぐに命を奪われる様な病気ではありません。人生設計のなかで、またその時の家庭環境のなかで、患者さん, そのご家族の人生設計も柔軟に変えて行く程度の時間は残されている物です。

そう考えると、闇雲に怖がる必要は無いのかも知れない。と言うことも分かってきます。

それぞれの年代と治療方針

多くの場合、子供が成人するまでは。結婚するまでは。死ぬわけにはいかないと思うのは極々普通です。

仮に、50代であれば、体力的にもまだまだ余裕もありますし、苦しい闘病生活でも耐えられる可能性は高いでしょう。『家族のために』という思いも、モチベーションとしてプラスに働いてくれるかも知れません。

これが、70代の場合はどうでしょうか? まだまだ、死にたくはない。やりたい事は残っている。と思う方がいるのも極々自然です。十分とは言えないまでも、体力を振り絞り、苦しい治療生活に挑もうと思う方も居られれば、この歳になって苦しい思いはしたくないと考える方も居られることでしょう。
苦しい闘病生活を耐え抜いたとしても、予後の体力が低下してしまい、残された人生を十分に楽しむことが出来なかったら、本末転倒なのかも知れません。しかし、それは治療を終わってからで無いと、誰にもわからない事です。

この様なことば、他の人との比較で解決する物ではありません。『世間並み』と言う言葉がどの程度意味があるのかは、患者さんの病状や体力次第なのかも知れません。

この様に考えると、それぞの年代や体力, 生活環境などにより、柔軟に考えることが必要になる事が分かってきます。

人生の最後はさまざま

がん の事を真剣に考えることは、人生について、また死について真剣に考える事です。この世に生まれたからには、死をさける事はできません。あなたにとって、どの様な死に方が最良なのかを考えても、想定どおりには行かないかも知れません。

仮に、ある程度高齢になってから、脳卒中を患った場合を考えてみましょう。幸い、手術は成功したとしても、麻痺が残る可能性はあります。ずっと介護を受け続けた末に亡くなる人もいれば、寝たきりで誤嚥性肺炎ごえんせいはいえんを引き起こす場合もあるかも知れません。
それが、がん だったらどうでしょうか? 別の病気や事故の場合も考えられます。

どの様な最後が幸いなのかは人それぞれですし、理想通り行く保証もありません。

この様に考えてみると、がん だけが特別ではない。と言う事にも気付けると思います。

怖いのは がん ではない

この様に がん に着目し話しを進めているため、「がん は恐ろしい病」と思ってしまいますが、命に関わる病気は、がん 以外にもいろいろとあります。また、事故や事件に巻き込まれて命を落とす可能性もあります。
闇雲やみくもに怖いと感じるのは『がん』ではなく、『死』や『闘病』に対してでは無いでしょうか。

宗教のすすめ

『死』について、真剣に考えることは、とても難しいことです。精神的に落ち込んでしまう様なテーマですし、将来への不安も掻き立てられます。可能であれば、考えないでいたい。と思う方が居られるのも極々普通だろうと思います。

しかし、家族を含めて、周りの人達の『死』に直面しない人はこの世にはいません。

この様に重い話しだけに、自分の力だけで考えるのは難しいことです。ここで、登場するのが宗教です。

くれぐれも間違えないで欲しいのは、新興宗教の様な怪しげな物を指している訳ではありません。宗教の本質は、『心の安念あんねい』です。心を安らかにして、物事を冷静に捉えることです。宗教の手を借りるのは、この様な難しいテーマと対峙たいじする事から避ける事はできないためです。

宗教を考える事は、それほど難しい事ではりません。

ただ、宗教と言う物を考えるためには、ある程度ゆっくりとした時間が必要な様に思えます。すぐに、宗教について学び、自分の生活に役立てる。と言った具合のものとは違います。ゆっくりと時間をかけて信頼できる宗教に出会っていく。その様な物だと思えます。
ですから、性急に物事を進めるのではなく、十分に時間をかけることをお勧めします。

くれぐれも忘れてはならない事は、宗教の本質は、『心の安念あんねい』である。と言う事です。
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