がん友の大切さ

僕も、がん の告知を受けた時、不思議な孤独感に駆られた。妻の支えもあるし、一人である訳では無いのだが、『理解してもらえる人はいない。』と言った感情をもった事があった。

がん では、魔の2週間 をどう乗り越えるかがとても大切とされている。僕の場合、そう言った孤独感に襲われていた期間が 魔の2週間 の様な期間だったのかも知れない。

幸い、がん の告知を受けた時には、絶望感に襲われる事はなかった。その頃から既に健康オタク的なところがあり、がん と言う病気がどの様な物なのか、概要的な物は理解できていたし、自分の周りのも がん の経験者はなんにんも居たので、正しく治療すれば、そこまで恐れる様な病気では無い。と言う事は既に分かっていた。

そんな僕でも、肝臓に 転移 した可能性を指摘された時には、ドンと落ち込んでしまった。多少なりとも知識をもっていた事が、寧ろマイナスに働いたのかも知れない。転移再発 の怖さを直感的に考えてしまい、本当に落ち込んだ。

がん の告知を受けた頃から、twitter で がん の話題を拾い始めた。拾っている内に、がん患者間のコミュニティーが出来上がっている事に気づいた。

肝転移が明確になり、化学療法 が必要になった頃から、僕は頻繁に twitter へのツイートを増やして行った。そして、自然にコミュニティーの中に入っていた。
副作用の相談や、自分の体調について呟いてる内に、家族や友達に支えられているのとは違う、病気を理解しあい、副作用の辛さを自分の物として理解してくれる人がいる事が、心の支えの様になっていた。

その頃、自宅の近くにも患者会がある事を知り、顔をだす様になった。お茶を飲みながらおしゃべりをするだけの集まりだが、普段は言葉にする事ができない、病状の話しを隠し立てする事なく、話し合える環境は、とても貴重な空間の様に思える様になってきた。

twitter の様なネットワーク上のコミュニティーでも、患者会の様な体温を感じる様なコミュニティーでも、どちらでも良いのだろうと思う。自分の思いや、弱い心を吐露とろできる空間はとても大切だ。

孤独感に包まれていた僕の心は、完全に解き放たれて、がん と付き合いながら生きていく覚悟も持つ事ができたし、自分の知識や経験を、一人でも多くの人に役立ててもらいたいと言う思いが強くなり、この様なサイトも企画するようになった。
これがそのまま、がん になった事のメリットと言うのは、少し綺麗事過ぎる気もするが、病気になり、自分の弱いところが出てこなかったら、この様な思いを持つ事もなかった事は確かだし、人生を良い方向へ向かわせて行く事もあるのだなと思えている。

僕の生活の中で、twiiter を中心とする がん友 さんの存在は、欠くことはできない物になっている。情報交換と言う意味としても、理解しあえる者同士としても、気持ちを明るく保つための話し合いとしても、本当に基調でありがたい存在だ。

がん を患っている多くの人に、僕の様に がん友 さんを作る事をお勧めしたい。がん種 は違っていても、がん と言う病気と戦う人では分からない様々な不安や疑問もあるし、それが自分だけの物ではなく、他の人の身にも降り注いでいるのだ。と言う事を知るだけでも、孤独感から開放される様な思いになってくる。

一般社会でも同じ様に、人は独りだけで生きている訳ではなく、数えきれないほどの多くの人と関わり合って生きている。そのコミニュティーに『がん』と言う共通項を持つ人のコミュニティーが存在していても良いと思う。

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